私も
「次のひぐらしを探している人間」の一人であり、あまりにも「ひぐらし」にハマりすぎた人間の一人でもあります。
2004年頃にハマって公式掲示板に書き込みをはじめ、そこを出てから
ブログをはじめ、数年にわたって付き合い続けました。
今は当時の「熱」をほぼ失っていますが、やはりあの「寝ても覚めてもひぐらし」な頃は忘れられませんね。
「ひまわり」については、かつて発売直後に評判を見て、一応作品を調べ、その結果スルーした経緯があります。
私はここ数年、テンション低めの刺激の少なそうな作品は敬遠する傾向があり、そのフィルターで遮断されたというところです。
しかし、最近のネット界隈での評判を見ていて再び興味を持ち、このたび体験版をプレイしてみました。
私がこのテの“興味はないが評判のある作品”をプレイする時は、まず非常に冷えた気分でスタートし、気分に波形が出てくるか、フラットのままかに分岐します。
結果としては特に何も引っかかるものがなかったので、やはり以前と同様、本編のプレイは先送りにすることにしました。
次に私が再び興味を持つときは、決定的に同人ゲームの歴史に加わるほどの盛り上がりを見せたときでしょうか。それまでは再び手にとることはなさそうです。
「アニメ化した作品だから原作を見る」という心理と同じ類ですね。本屋でも「アニメ化!」とオビがついてるとやはり目を引きますし、コストも支払いやすくなります。
その後、作品をプレイしなかった代わりに(単に知識として)ネタバレを含めた感想の類を探してみました。しかしどうも肯定的な表現に偏っていて居心地が悪かったです。
どうにかして冷静・冷徹・否定的な評価を探してみたところ、ちらほらと評判につられて手を出して“しまった”人たちの話が出てきたので参考にしています。
やはり作品の評価には正負の両面が無いと落ち着きません。
負を凌駕する、作品としての魅力があるなら、そのうちなるようになるんでしょうね。
一つ体験版の感想を言うなら、「音声(キャラの声)」がないのが不自然に感じられる作品でした。
理由としては、素材や画面が、同人というより、低価格帯の商業作品の雰囲気だったことが大きいかもしれません。
また、一つの傾向として、「声がないならビジュアルノベル(画面全体にテキスト表示)」というイメージもあります。
声なしでのアドベンチャーゲーム(画面下部にテキスト表示)は、文章がブツ切りになって読みにくいですね。同じ文章量でもクリック回数等が増えます。
私はいつでも「次のひぐらし」を探しています。何年もハマれるような作品を。
ネットや同人世界に波及する現象の全てが“コンテンツ”となり、本編のゲームを一度プレイしただけではとても消費しつくせないような、食べ甲斐のある作品を。
「ひまわり」がとても食べきれないほど丸々と太った時、あらためて味わってみたいと思います。