<最終更新:2007/10/27>

このところ「ヤンデレ」という言葉が無視できなくなってきました。
ヤンデレとは何か。どこへ向かうのか。そんなことを少し考察してみました。
ツンデレとヤンデレ
デレの鎖
私が「ヤンデレ」という言葉を聞いて最初に連想するのは「ツンデレ」という言葉でした。
「ツンデレ」の方が早く生まれた言葉(多分)でしょうから、「ヤンデレ」は「ツンデレ」の派生か後継なんでしょう。
以前私は「ツンデレ」について何事か垂れたことがありました。
(参考)
【研究】 ツンデレ 〜精神的未熟と支配可能性〜 この時、私は
ツンデレのデレは従属の保証」
と書いています。
この「デレ」は、そのまま「ヤンデレ」にも当てはまると考えます。
つまり、「ツンデレ」も「ヤンデレ」も、主にその物語の主人公に対する
「デレ」という鎖によって強く自由を制限されているという点では大差ないということです。
「デレ」という言葉が「従属を保証する」からです。 この状態を視覚的にイメージすると、ツンデレもヤンデレも、鎖に繋がれた犬や、糸に繋がれたトンボのように、ぐ〜〜るぐ〜〜ると同じところを回ったり、吼えたり、暴れたりしてるようなものです。
キャンキャン吼えて懐かないのが「ツンデレ」、狂犬病にかかってるのが「ヤンデレ」といったところでしょうか。
「狂気」という「芸」
多くの物語の中で「狂気」というモチーフが使われてきました。
しかし、ただ狂っているだけでは単なる「病んだ人」です。
それを「萌え」に取り込むには何か一手が必要だったでしょう。
オタクたち・オタク文化の作り手たちは、そんな「病んだ人」を「萌え」の世界に組み込むために「鎖」をつけることを思いついたわけです。
それが
“デレ”です。
“デレ”とは少女たちを縛る首輪と鎖。
彼女たちにはわずかな自由しかありません。
彼女らはそのわずかな自由の中で、ある
“芸”をさせられます。
その“芸”が、ツンデレの“ツン”であり、ヤンデレの“ヤン”です。
こういう芸は他にもあって、例えば
「おかーちゃん以上になんでも世話してくれる」
「主人公のために命がけで戦ってくれる」
こういうのも美少女たちが見せる芸です。
そんな風に芸をさせられる美少女たちですが、彼女らは物語の中で“エサ”も貰います。
芸をしたらエサをもらうのは当然ですからね。
その彼女らが貰う“エサ”が、主人公からの興味や愛情といったものであるわけです。
ヤンデレ少女を飼いならす
「ヤンデレ」少女は本当に病んでいて、心の“鎖”が外れてしまうことも少なくないようです。
結果的に主人公を害することもあるようですが、まぁ狂犬を飼おうってんですからそれぐらいは当然でしょう。
よほど強力な
「檻」でも用意しないことには安全性の保証はありません。
ただ鎖で繋ぐだけでは不十分なんです。
「ヤンデレ」は一般に受け入れられにくいのではないか……という話がありますが、その理由がこのあたりにあるのではないかと考えます。
“デレ”という鎖に繋がれていても、飼い主を噛むことができ、完全に従属しない。
怖いのは当然ですし、飼うには不安のある犬です。
だから“受け入れにくい”のではないかと。
もし「ヤンデレ」少女を飼いならすなら、やはり“檻”が必要でしょう。
そうすればかわいらしい“イヌッコロ”でしかありません。
“檻”とは、ストーリー上の設定や制限です。
「この少女は主人公には手出しできない」という設定をつけてしまえばいいわけです。
そうして安全になった「ヤンデレ」なら、受け入れられやすくなるのではないでしょうか。
ヤンデレが当たり前になるとき
エスカレートする狂気はオタクへの挑戦なのか
ヤンデレ少女の振る舞いは突飛で刺激的なものが多いようです。
これは、そういった恐怖(ギャグ?)を見てもそのキャラに萌えられるのか?というオタクへの挑戦状のようにも感じられます。
でもこれが挑戦だとすると……無意味というか、結果は見えてますね。
基本的に「美少女」というカラを被っている限りは問題なく萌えられるんじゃないでしょうか。
そのうち「ツンデレ」や「ヤンデレ」を通り越して、
「悪逆非道デレ」「腐れ外道デレ」「鬼畜デレ」 なんてのが出てきても何の不思議もありませんね。
というかもうそんな系譜は既にあるんじゃないですか?
知りませんけど。
恐らく今後も、どこのどんな代物にでも“鎖”をつけて引っ張り込むのがオタク文化なんだと思います。
引っ張りこまれたらあとは飽きられるまで弄り倒されるだけでしょう。
病んでいる事をからかう時代
「ツンデレ」が既にネタと化し、ツンツンしたキャラクターが「何?お前ツンデレなの?」といった具合にからかわれたり、馬鹿にされたりするエピソードがしばしば見られるようになりました。
この傾向は現実でもごく一部に存在して、“デレという従属の保証など一切ないにも関わらず”「ツンデレ」というレッテルが持ち出されることがあるようです。
これが「ヤンデレ」にまで波及したらどうなるのか?
例えば、リストカットされた手首を見て、「何?お前ヤンデレなの?」といった具合に。
既に指摘されていることですが、これが精神の病理を軽く扱っているようで危険だと言われることもあるようです。
確かにあまりいい傾向ではないかもしれません。
しかし、そういった病理が「怖くなくなる」とか「嫌悪感が薄くなる」ということもあるかもしれません。
そういう「慣れ」は、そう悪いことでもないのではないかと考えます。
病んだ少女より怖いもの
「ヤンデレ」ぐらいならいいんですが、もっと“オタクにとって受け入れられないもの”があるとしたらどんなものだろうと考えてみました。
例えば「殺され萌え」なんてのがあるらしいんですが、そんなものはどうってことはありません。
もっと怖いものがあるとすると……
例えば
「ブス萌え」(適当)とかどうでしょうか。
外見に直接訴えてくる挑戦には抵抗できません。
ものすごくブ○だというコンプレックスと、主人公への思いがあって、色々葛藤してるキャラ。その懊悩に萌えろとか。
何か魔法的なことが起こって美少女に変身したりはしません。終始ブ○です。
それも、お笑い芸人のような愛嬌のあるブ○ではなく、
生理的嫌悪感しか生まないような、悪意すら感じられる外見です。
病んだ美少女より、病んでないブ○キャラの方が、オタクとしては万倍ハードルが高いんじゃないですかね。
あとは……
「ナエデレ」(適当)とかどうでしょうか。
「美少女なら何でも許される」ってのは相当なレベルまで通じる真理でしょうが、相手がとんでもなく
萎えるキャラだったらどうでしょう。
例えば「ひぐらし」の「園崎魅音」なんてキャラがいますが、このキャラは主人公を意識しすぎて照れてでもいるのか、自分を「おじさん」と呼んで男のように振舞うことがあります。
このせいで恋愛がうまくいかなかったりするようですが、もっと強烈に「おじさんらしく振舞うキャラ」が存在したらどうでしょう。
それも誰にも好かれないような最低オヤジとして……
主人公への思いから「萎える行動」をとるわけですから、ツンやヤンが持つ物語性の定式にも当てはまります。一応。一応ね。
でもいきなり脈絡なく目の前で屁をこいたり、手鼻をかんだり、ゲップしたりします。
わざわざ変な顔を作って笑いを取ろうとしたり、ガニマタだったり、風呂に入ってなかったり、不潔だったり。
まぁこの程度ならカワイイものかもしれませんが、さらにエスカレートして相手を萎えさせることに特化したキャラが出てきたら……
私なら作品ごと敬遠しますね。はい。
鎖をつけて引っ張ってくるにも、限界があるだろうということです。
でもやっぱり、ギリギリまで無茶して欲しいところです。
次はどんなものを引っ張り込むんでしょうね?
(参考)
・
亡国データバンク日記 - ヤンデレの俯瞰図・
埃blog - ツンデレ派生語まとめ・
偏読日記@はてな - 逝っちゃってる系ヒロイン分類マトリックス・
やや最果てのブログ - ヤンデレ好きのための坂口安吾入門・
たまごまごごはん - ヤンデレを好きになるわけを考えてみる。・
「ヤンデレ大全」特設ぺージ